
| 名称 | 株式会社丸七製作所 | ![]() ![]() |
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| 本社 | 〒120-0034 東京都足立区千住1-23-2 TEL:03-3879-0701 FAX:03-3879-8040 |
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| 山形工場 | 〒990-0057 山形県山形市宮町3-4-5 TEL:023-632-0055 FAX:023-632-0057 メール:info@maru-7.co.jp 【営業時間】 8:20~17:10 【定休日】 日曜日・祝祭日 |
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| 創業年月日 | 昭和6年(1931年) | |
| 代表者 | 代表取締役 阿部 信一 | |
| 資本金 | 1,000万円 | |
| 営業品目 | 精米機を中心とする穀類の加工機・調整機の開発・製造・販売 | |
| 主要取引先銀行 | 三井住友銀行・りそな銀行・みずほ銀行・きらやか銀行・山形銀行 | |
| 取扱品目 | 自家用精米機・業務用精米機・石抜精米機・製粉機・餅練機・石抜機・研米機(乾式無洗米機)・穀類混合機(混米機)・穀類精撰機(セレクター)・昇降機・味噌擦り機・穀類タンク | |
| 取引先 | 全国600社 |
| 昭和6年 | 阿部彦七が東京の千住にて丸七製作所を創業。 主として精米機・製粉機の製造販売を開始。 東京工場稼働。 |
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| 昭和10年 | 山形市宮町に山形工場稼働。 | |
| 昭和22年 | 法人組織に変更。株式会社丸七製作所となる。 | |
| 昭和25年 | 循環型ムーバブル精米機を発売。 通産大臣賞受賞。 |
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| 昭和38年 | 石抜撰穀機(石抜機)を発売。 | |
| 昭和39年 | 社長阿部彦七が長年の功績を認められ黄綬褒章を受章。 | |
| 昭和40年 | 現在の精米機の事実上の標準となる外気吸引式精米機を発売。 | |
| 昭和41年 | 需要の増大に伴い山形新工場建設。 阿部梅子が社長となる。 |
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| 昭和48年 | 穀粒混合機(混米機)ミックスターを発売。 | |
| 昭和56年 | 精米機と石抜撰穀機との一体型である石抜精米機MC20を発売。 (意匠登録番号 第632858号) |
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| 昭和62年 | 山形工場研究・実験棟を新築。 小型精米機エコートップを発表。 |
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| 昭和63年 | 東京都足立区千住に本社ビルを新築。 | |
| 平成6年 | 小型混米機ハイライサーA-1を発売。 | |
| 平成9年 | 乾式無洗米機の魁となる研米機F-1を発売。 | |
| 平成10年 | M2の後継機種としてM23D・M26Dを発売。 | |
| 平成15年 | 阿部梅子が会長に、阿部和彦が社長となる。 | |
| 平成20年 | 自動運転機能を有する石抜精米機システムMC2200・MC3700を発売。 雑穀に対応する小型穀粒混合機としてハイライサーW-1を発売。 |
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| 平成21年 | 珈琲豆用石抜機MRS1および上位機種のCRS1を発売。 自家用小型精米機としてMS30シリーズ4機種を発売。 電動式フルイMF2、MF3を発売。 |
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| 平成22年 | 阿部和彦が会長に、阿部信一が社長となる。 |
常磐線、つくばエクスプレス、東京メトロ千代田線・日比谷線、東武伊勢崎線「北千住駅」より徒歩10分。
国道4号線千住警察署入口交差点より東京芸術センタービル手前を左折。
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